親から引き継いだアパートの管理を見てみたら、6戸のうち3戸が空いていた。募集をかけても問い合わせが来ない。家賃の入金より、固定資産税と退去後の修繕の見積りのほうが頭に残る——柏市・松戸市・我孫子市あたりで、相続したアパートについていちばん多いご相談がこのかたちです。
結論を先に書きます。空室が多いアパートは、家賃から値段がつくのではなく、土地から値段がつきます。この切り替えが起きていることを知らないまま売りに出すと、提示された金額に納得できず、話が止まってしまいます。
まず手元にそろえる5つの書類
相続したアパートで困るのは、判断の材料が手元にないことです。次の5つがそろうと、売るか持つかの話がはじめて数字でできるようになります。
- 各戸の家賃と、空室になった日付(レントロールがあれば一枚で足ります)
- 直近1年の固定資産税の納税通知書
- 建物の建築年と構造(木造・軽量鉄骨など)、検査済証があればその写し
- 直近3年でやった修繕の内容と金額
- 管理会社との契約書、火災保険の証券

空室が多いと「家賃が少ないから安くしか売れない」と思ってしまいますが、値段の出し方そのものが入れ替わっているんです。順番に見ていきましょう。
結論:空室が多いアパートは「家賃」ではなく「土地」で値段がつく
アパートの値段の出し方は、大きく2つあります。
- 収益から出す……いま入っている家賃をもとに、投資家が「この利回りなら買う」という金額を逆算する
- 土地から出す……土地の相場価格から、建物の解体費や残っている入居者への対応費を引く
満室に近いアパートは1、空室が多いアパートは2で値段が出ます。私たちが現場で見ている感覚では、空室が半分を超えると、ほとんどの買い手が2の考え方に移ります。つまり「空室が多いから安い」のではなく、「空室が多いと、値段の出し方そのものが入れ替わる」のです。
収益で値段を出す計算は、満室想定ではなく現況で回る
収益から出す場合、使われるのは次の式です(直接還元法)。
価格 = 年間の純収益 ÷ 還元利回り
純収益は、年間の家賃収入から固定資産税・保険料・管理費・修繕の積立などを引いた金額です。還元利回りは、買い手が「このくらい回らないと買わない」という水準で、柏市・東葛エリアの築古木造アパートだとおおむね8〜12%が目安になります(時期と立地で動きます。断定はできません)。
ここで大事なのは、この式に入れるのは「満室想定の家賃」ではなく「いま実際に入っている家賃」だということです。買い手は現況の家賃で計算し直すので、満室想定利回りは交渉の最初で消えます。
たとえば6戸のうち3戸が空いていて、入居中の3戸が月5万円だとします。年間の家賃収入は180万円。そこから税金・保険・管理で60万円出ていくと純収益は120万円。利回り10%で割り戻すと1,200万円です。もし満室なら純収益は約280万円で2,800万円。同じ建物で1,600万円の差が出ます。

満室想定の利回りを大きく載せた資料、いまだに回ってくるんですよ。買う側は現況の家賃で計算し直すので、その数字は交渉の一番最初で消えます。
空室率で価格の出方がこう変わる(目安)
| 空室の状況 | 値段の出し方 | 買い手の層 | 融資 |
|---|---|---|---|
| 満室〜空室1割 | 収益から(現況家賃) | 投資家が中心 | つきやすい |
| 空室2〜4割 | 収益から。ただし空室を埋める費用を引かれる | 投資家+買取業者 | 条件がつく |
| 空室5割以上 | 土地から(解体費・立退き費用を引く) | 買取業者・現金の買い手 | つきにくい |
| 全室空室 | ほぼ土地値。古家付き土地と同じ扱い | 買取業者・近隣の方 | 土地として評価 |
空室が5割を超えると融資がつきにくくなり、現金で買える相手に絞られます。買い手の数が減ることが、価格が下がる本当の理由です。建物の見た目よりも、この「買える人が何人いるか」が効きます。
「埋めてから売る」は得か、損か
「空室を埋めてから売ったほうが高いですよね」とよく聞かれます。計算上はそのとおりです。ただし埋めるためのお金が先に出ていきます。目安はこのくらいです。
| かかるもの | 1戸あたりの目安 |
|---|---|
| 原状回復(クロス・床・設備の入れ替え) | 1Rで5万〜15万円、2DK・2LDKで15万〜40万円 |
| 仲介手数料(入居が決まったとき) | 賃料1か月分 |
| 広告料(AD。決まりにくい部屋ほど増える) | 賃料1〜2か月分 |
| 決まるまでの空室期間の負担 | 募集開始から1〜4か月 |
家賃5万円の2DKを埋めるとして、原状回復25万円+手数料5万円+広告料10万円で40万円前後。3戸なら120万円です。収益から値段が出る物件なら、月5万円×12か月÷利回り10%=600万円ぶん価格が上がる計算になるので、この例では埋めたほうが有利に見えます。
ただし次のどれかに当てはまるときは、埋めずに売ったほうが手取りが残ることが多いです。
- 募集しても3か月以上決まっていない(埋める費用が読めず、決まる保証がない)
- 建物の築年が古く、設備を入れ替えても家賃が上げられない
- 相続人が複数で、早く分けたい事情がある(時間そのものがコストになる)
- 入居者が入ると、買い手が「解体して建て替える」選択を取れなくなる
最後のひとつは見落としやすいところです。土地として買いたい買い手にとって、入居者がいることはマイナスになります。退去の交渉と費用が必要になるからです。入居者がいるアパートを相続したときの価格の決まり方は、空室のケースとは別の論点になります。

空室のままでも売れます。先に決めるのは埋めるかどうかではなく、両方の手取りを並べること。そこだけは順番を飛ばさないでください。
空室は相続税の評価にも効いてくる
売却の時期を決めるときに関わってくる部分です。人に貸している土地(貸家建付地)の相続税評価は、次の式で下がります。
自用地としての評価額 ×(1 − 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)
借家権割合は全国一律30%、借地権割合は路線価図に記号で書かれていて柏市の住宅地はおおむね60%です。満室なら 60%×30%×100% = 18%の評価減。半分が空室だと賃貸割合が50%になり、9%の評価減にとどまります。建物(貸家)側も、固定資産税評価額 ×(1 − 30% × 賃貸割合)で、空室が多いほど下がり幅が小さくなります。
ただし「一時的な空室」は賃貸されている部分に含めてよいという取り扱いがあります。国税庁の質疑応答事例では、それまで継続的に賃貸されていて、退去後すぐに募集をかけており、空室の期間が1か月程度といった一時的なものであれば、賃貸部分として扱って差し支えないとされています。逆に、何年も募集せずに放置していた部屋は、この取り扱いの対象になりません。募集をかけ続けた記録が残っているかどうかが、評価の分かれ目になります。
もうひとつ、小規模宅地等の特例のうち「貸付事業用宅地等」に当たれば、200㎡までの部分について土地の評価が50%減ります。ただし申告期限まで貸付事業を続けて土地を持っていることが要件なので、申告期限より前に売ってしまうと使えません。さらに相続開始前3年以内に新しく貸付事業を始めた土地は、原則としてこの特例から外れます(平成30年度の改正)。売る時期を決める前に、相続税の申告を担当する税理士に「この特例を使う前提になっているか」を必ず確認してください。金額が大きく動きます。
売り方は3つ(オーナーチェンジ/古家付き土地/解体して更地)
| 売り方 | 向いている状況 | 気をつけること |
|---|---|---|
| オーナーチェンジ(入居者ごと) | 空室が少なく、家賃が相場どおり | 敷金の引き継ぎ、契約書と家賃の証拠書類が揃っているか |
| 古家付き土地として | 空室が半分以上。建物に価値を見ていない | 残っている入居者の退去をどちらが負担するかを契約で決める |
| 解体して更地で | 全室空室。土地の形がよく分割できる | 解体費は木造アパートで坪3万〜5万円が目安。更地にすると翌年の固定資産税が上がる |
更地にすると住宅用地の特例が外れて土地の税額が上がるので、解体は売り先が決まってからが原則です(柏市で30坪の家を解体するといくらかかるか)。修繕費が出せない事情が重なっているときは、修繕費が出せないときの3つの選択肢も合わせてご覧ください。
リノーズにできること
私たちは柏市を中心に、賃貸管理とリフォームの現場を15年見てきました。空室のあるアパートについては、次の3つをまとめてお出しします。
- 現況の家賃での収益価格と、土地から出した価格の両方——どちらで値段が出る物件なのかが、並べると一目で分かります
- 埋めてから売る場合の費用と、そのまま売る場合の手取りの比較——原状回復の見積りは実際の施工金額で出します
- 仲介で売る場合と買取の両方の金額——買取なら残っている入居者の対応も含めて引き受けられます
まとめ
- 空室が多いアパートは、家賃からではなく土地から値段がつく。空室5割が目安の分かれ目
- 収益計算に入るのは満室想定ではなく現況の家賃。満室想定利回りは交渉で消える
- 空室が5割を超えると融資がつかず、現金で買える相手に絞られる。それが価格の下がる理由
- 埋めてから売るかは、原状回復・手数料・広告料の実額と、上がる売却価格を並べて決める
- 相続税では、募集を続けていたかどうかが貸家建付地の評価に効く。小規模宅地等の特例を使う予定なら売る時期に注意
空室が何戸あっても、売れないことはありません。先に決めるのは「埋めるためにお金を出すかどうか」で、それは両方の手取りを並べてから決めれば十分です。
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(執筆:リノーズ株式会社 代表取締役 美澤由佳子)



